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究極の目標は、サッカーを核とした人材育成──東京ユナイテッドFC福田雅監督に聞く (後編)

その異質さがサッカー界で注目を浴びるチーム「東京ユナイテッドFC」。前編ではそのバックボーンについて福田雅監督兼共同代表に聞いた。後編では、文京区でクラブチームを運営するためにはどのような理念と戦略が必要なのか、下部組織の重要性とは何か、そしてクラブとして持っている真の目標についてお伝えしたい。


 

本店所在地は、あくまでも文京区

東京23区で「文京区」は、どことなく特別感が漂う。地理的には中心部に位置し、歴史的にも大名屋敷や神社仏閣などが数多く建てられてきた。明治になってからは帝国大学(東京大学)が設置され文人や学者が移り住み、アカデミックな土壌が築かれた。東京ユナイテッドFCは、その文京区に本拠を置く。福田雅監督の母校・東京大学とも縁が深い。
「『文の京(ふみのみやこ)』のこの区が、我々の『本店所在地』だと思っています*。ここから東京全体へ名前を広めていく構想を描いています」
クラブ発足時の区長が暁星高校の先輩だったという縁もあり、学校・行政とつながった。そして区内の企業をスポンサーに、という営業活動が実り、文京区に本社を置くフクダ電子と文化シヤッターの支援を得ることにも成功した。
「スポンサー同士で横のつながりも生まれました。我々の試合会場やイベントの場で企業のトップが直接会う機会もあるんです。都会ならではのメリットだと思います」

クラブの出自や本拠地は、サポーターの品格を形づくる大きな要素だ。福田氏はこれを「サポーターのクォリティコントロール」と表現した。「文京区をはじめ港区や千代田区あたりの人たちを熱狂させるクラブにしたいですね」とも語る。都心部に暮らす、あるいは勤務する人々をサポーターとすることで、「質」を保ったクラブイメージを創造できるのだ。
こうしてスポンサー同士、サポーター同士がつながっていくことで、輪が広がっていく。そしてここを「サードプレイス」── つまり家と職場以外の第三の場所にしてもらえるようになればいいと福田氏は言う。

*Jリーグ規約により、ホームタウンは「都道府県」「市町村」と定められているので、現時点でホームタウンは東京23区となる。

 

 

なぜ、下部組織の存在が重要なのか

東京ユナイテッドFCには、サテライトチームとして「TOKYO UNITED FC +Plus」、女子チームの「文京LB レディース」、そのサテライトチーム「文京LB Sprouts」がある。FC +Plusは東京都社会人サッカーリーグ1部、LBレディースは東京都女子サッカーリーグ2部に属する(2018年10月現在)。「特に重要なのが女子チーム」と福田氏。
「女性のプレイヤーにとって、サッカーができる場所は男性より限られているから、その環境をつくりたい。部員数の少ない東大の女子サッカー部に、区内の中高生を中心としたプレイヤーが加わっています。区の支援も受け、上は60代までの60人以上が所属しています」名前の通り、より文京区カラーの強いチームで、地域への密着度が高い。

 

文京LB レディース

 

さらに、ジュニアユース年代を育成するための「東京ユナイテッドソレイユFC」というジュニアユースクラブも傘下にある。文京区で20年以上にわたって営まれ、幼児から中学生までが所属する「ソレイユFC」というチームと「M&A的な発想で提携して(福田氏)」誕生した。最大の特徴は、トレーニング前に行う1時間半の自習時間。「サッカーを理由として学業を疎かにすることは許さない」との福田氏の理念がある。東大サッカー部の卒業生が勉強を教えてくれるというから、親にとってもありがたいだろう。サッカーと学業を両立してきた彼らだから、中学生の模範にもなる。
「加入するための条件は、技術ではなくやる気と理解力があることです。昨今のジュニアユースのクラブチームは、セレクションを通して技術レベルの高い子たちを集める傾向にあり、その結果、技術的に普通のレベルの子どもたちが入るサッカークラブはなかなかありません。一方で、日本のスポーツ文化を支えてきた部活も既に変質している。そんな子たちの受け皿としての存在でもあるんです」
ただ単にサッカーの上手い選手を育成して強豪高校やJのユースに送り出すだけではなく、「文武両道」を実践して育てる。やるべきこと(サッカーと勉強)に、自主的に取り組む習慣が養われるのだ。

東京ユナイテッドソレイユFC

 

自習時間の様子

 

ハイブリッドなアスリートの必要性

福田氏は、「日本の大学はヨーロッパから100年遅れている」と語る。「試合の入場料などで収益を上げると批判されるんです」。プロチームを擁する大学もあるというのに、日本はいまだにこの状況だ。さらに、プロのクラブチームに関しても彼我の比較をする。イングランドプレミアリーグではオックスフォードやケンブリッジ出身のビジネスマンがクラブを経営し、多額の資金調達も行っている。
「ビジネスマインドのアスリート、アスリートマインドのビジネスマン。そういったハイブリッドな人材はなかなか出てきません。出たとしてもよりおカネのあるところ、つまりヨーロッパへ流出してしまうでしょう」だから、と強調する。「我々が育てていきたいんです」

日本でもサッカーの経済規模を拡大させなければ、人材流出は続くだろう。それを食い止めるために、サッカー産業を分析し、クラブの決算書を精査し、どういったスキームを組めばいいか的確に指摘していかねばならない。サッカーに関与するハイブリッドアスリートが適正な収入を得られるようになれば、産業として成立する。
福田氏は経営者として、そして公認会計士として、まだ日本では前例のない取り組みを行った。

 

 

「選手後」の人生を設計するために

東京ユナイテッドFCのグループ(TOKYO UNITED GROUP)には税理士法人と弁護士法人、司法書士事務所や保険関連会社などが存在する。サッカークラブに、である。前述のように、日本では前例のない取り組みだ。これも福田氏の考える「選手の生涯キャリア形成支援」が目的だ。選手はサッカーをするだけではなく、ビジネススキルを学ぶことができる。社員として勤務している選手もいる。
「もともと我々が持っていたリソース、例えば会計士や弁護士などの資格を最大限に活かすことができます。『仕事してサッカーして、サッカーして仕事しろ』と私はいつも言っているのですが、それはビジネスマンになっても常にアスリートマインドを持ち続けよということです」
このクラブではキャリアを築いてほしい、とも言う。Jリーガーが解雇される平均年齢は25歳前後だそうだ。そこからの長い人生をどう生きるかを、クラブとして提供しているのだ。サッカーしか知らないのではなく、一般社会と乖離しない常識やスキルを備えて「その後」に臨むことができる。

税理士法人や弁護士法人でビジネススキルを身に付けるほか、スポンサー企業への就職という道も拓いている。例えば2015年から入団した黄大俊(ファン・テジュン)選手(昨シーズン限りで引退)は文化シヤッターに就職し、優秀な営業成績を上げているという。在籍中にはビジネスマナーなどをしっかりと教え込まれた。そして、身元保証人は東京ユナイテッドFCとなる。
福田氏いわく「高校卒業の選手であっても、ここでは大学で送る4年間よりも濃い時間を過ごすことができます」と。勉強とサッカーをマネタイズできる人間が、ここで育てられるのである。それこそ、クラブの持つ究極の目標でもある。

 

黄大俊選手(2015年~2018年 東京ユナイテッドFC所属)

 

マネージメントを育てサッカー界に貢献したい

福田氏に、「東京ユナイテッドFCの目標とは?」の問いを投げかけてみた。すると「Jリーグへの加盟」というわかりやすい回答ではなく「サッカーを通じて、人と社会と未来をつくること」との言葉が返ってきた。
「Jを目指すというのは、わかりやすい花火のようなものです。その裏にある真の目的が、これなんです。クラブのアウトプットは、人材。我々はサッカーをコアにした人材育成機関だと捉えています」
先述のように、それはマネタイズのできる人間であり、ゆくゆくは国際社会をリードする人間である。どれだけの人材を世に送り出すことができるかで、もしかすると日本の将来も変わってくるのかもしれない。
「プロのサッカー選手ではなく、スポーツをマネージメントできる人材を育てることで、サッカー界にも貢献することができると考えています。自分がサッカーに育てられましたから、その恩返しの意味もあります」

自分たちにしか持ち得ない特色を差別化ポイントとして研ぎ澄ませ、際立つアプローチ方法で勝負をかけた福田氏。その目指すところは、やはりひと味もふた味も違っている。並みのことをしていては、東京で生き残っていくことはできない。そして、到達した先は日本のスポーツビジネスを改革するかもしれない境地。学校、地域、選手、サポーター、企業、そして世界──それらが東京ユナイテッドFCをハブとしてつながっていき、大きな円になるマトリックスを福田氏は頭の中で既に完成させているのかもしれない。(文・鳥羽山康一郎/インタビュー時の福田氏写真・西田香織)