いらっしゃいませ。
ようこそBook Bar 坂ノ途中へ。
ここは、編集者RとKのふたりが営むバー。本日は本と美味しいものに目がないKが店番です。

お客様、今日は国産のエスカルゴが入荷したので、ハーブとニンニクをきかせたエスカルゴ・ブルギニョンを赤ワインと一緒にいかがですか? エスカルゴは虫だから気持ち悪くて食べたことがない? それはお客様の勘違いですね。エスカルゴは陸にいますがれっきとした巻き貝なんですよ。 貝ならば白ワインと合わせるんじゃないかと思いますよね。でも、実は赤ワインがよく合うんです。

と、もっともらしいことを言いましたが、これは全部ある本からの受け売り。お客様の後ろの本棚の隅にある津原泰水さんの小説『歌うエスカルゴ』です。お客様は本はノンフィクションしか読まないのですか? ときどき作り話の小説を読んでも何のためにもならないとおっしゃる方がいらっしゃるんですよね。でも、小説からも得るものはたくさんあるんですよ。

エスカルゴはフランスの食べ物というイメージが強いですが、日本にその名も「エスカルゴ牧場」というエスカルゴの養殖場があることを、私はこの本を読んで初めて知りました。小説自体はエスカルゴを愛するカメラマンと、その男の勢いに巻き込まれてエスカルゴをメインにしたビストロの料理人になる編集者の男性を描いた架空のお話。でも、登場する「エスカルゴファーム」は実在する「エスカルゴ牧場」をモデルにしているそうです。

このエスカルゴ牧場のオーナーは、もともと鉄工所の社長さんだそうですが、エスカルゴ好きが高じて世界初のエスカルゴの完全養殖に成功して、牧場を作ったのだとか。三重県にあるそうなんですが、いつか行ってみたいですねえ。

話が脱線してしまいましたが、エスカルゴと赤ワインというのもこの小説に出てくる組み合わせです。小説では酸味のある軽めの赤ワインを合わせていますが、実際に試してみるとこれが本当に合うんです。エスカルゴは貝ですし、実際にツブ貝のような食感なので白ワインと合わせたくなりますが、魚介ならなんでも白ワインというのは我々の思い込みなのかもしれませんね。

最近、パリのフレンチレストランで日本酒を提供する店が増えているそうなんです。というのもフランス料理も最近では手のこんだ伝統的な料理だけでなく、素材そのものの苦みやうまみを生かした料理法や、海苔などの海藻を使ったレシピが注目されています。ところが残念ながらワインは苦みのある食材や、ヨード香のある海藻などとは相性が悪いんです。その点日本酒はこれらの食材の味わいを邪魔しないということで人気なんだとか。

またまた脱線してしまいましたが、要は思い込みや食わず嫌いでせっかくのチャンスを逃すのはもったいないということです。私もずっと思い込みでエスカルゴや生牡蠣には白ワインを合わせていましたが、エスカルゴには軽い赤ワイン、生牡蠣は日本酒が断然合うと最近気づいたんですよ。もちろんそれは、私の味覚に合うという話で、人それぞれの「合う」があっていいと思いますけどね。

読書は自分が知らなかった世界をこうやって広げてくれるからやめられませんね。それで、いかがですか? エスカルゴを食べてみる気になりましたか? それは良かったです。え? ついでに『歌うエスカルゴ』も読んでみたい? それは本当に良かったです。食わず嫌いも読まず嫌いも損ですからね。料理ができるまで、どうぞ小説を読んでお待ちください。

 

【今回紹介した本】
津原泰水『歌うエスカルゴ』(ハルキ文庫)
勤めていた出版社を解雇された編集者の尚登は、吉祥寺にある家族経営の居酒屋で料理人として働くことに。しかも店の店主は高齢を理由に引退。「ぐるぐる」したものに異様な執着をみせる店主の長男でカメラマンの秋彦にいわれるがまま、エスカルゴメインのビストロを始めることになるのだったが…。美味しいものがたくさん登場する読んで美味しいエンターテイメント料理小説。

文:K