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異質さと東京へのシンパシーが心をつかむ──東京ユナイテッドFC福田雅監督に聞く (前編)

ここ文京区に、サッカーファンから注目を浴びているチームがあるのをご存知だろうか。「東京ユナイテッドFC」──本拠地を文京区に置く、関東サッカーリーグ所属のチームだ。全国にあまたある、Jリーグ加盟を目指して奮闘している地域チーム……とはいささか異なる性格を持つ。チームの出自、そして監督のキャリアなどが、他チームとは明らかに違うのである。その際立った特色の「根源」である福田雅監督に話を聞いた。

 

まずは経歴で耳目を惹く監督──福田雅氏

東京ユナイテッドFCに関する情報を検索すると、「東大」「投資銀行」「公認会計士」という、およそサッカー界とは異質なキーワードを目にすることができる。共同代表で監督を務める福田雅氏は東京大学、もう一人の共同代表である人見秀司氏は慶應義塾大学の出身。さらに福田氏は公認会計士の資格を持ち、投資銀行で金融の最前線に立っている人物だ。人見氏も大手広告代理店勤務である。チームはJリーグで言えば5部相当の関東サッカーリーグ1部に所属している。
そもそもこのチームは、慶應ソッカー部※OBで構成される「慶應BRB」と東京大学ア式蹴球部※OBチームが合体した「LB-BRB TOKYO」が母体となり、2015年に創設された。2020年のJリーグ加入を目指し、2017年シーズンより元日本代表の岩政大樹選手が加入、2018年シーズンは関東サッカーリーグ1部で3位と優勝を争うポジションに至っている。

福田雅氏は1975年東京生まれ。1994年暁星高校で全国高校サッカー選手権大会に出場。卒業後東京大学経済学部に進み、ア式蹴球部では主将を務める。2002年、公認会計士試験に合格し、税理士法人中央青山(現・プライスウォーターハウスクーパース)入社。その後証券会社で投資銀行部門に所属しながら東京大学ア式蹴球部の監督、暁星高校時代のチームメイトで現在共同代表を務める人見秀司氏とのつながりから、東京ユナイテッドFCの前身となった慶應BRB再結成に参画した。
いわゆる“高偏差値”大学のOBクラブが「Jを目指す」のは、どんな経緯からだろうか。

※ソッカー部:日本にサッカーが始められた頃、「soccer=ソッカー」と読み慣わしていたことからこのクラブ名となった。
※ア式蹴球部:サッカーを「アソシエーション・フットボール=association football」とも呼ぶことから「ア式」と名付けられた。

 

 

「TOKYOのブランド」とは一体何だろう?

「暁星時代、チームメイトはみんな早慶のサッカー部に行くという雰囲気でした。でも私は敢えて東大を目指したんです」と福田氏。その裏には、自身が経験した「社会の現実」があった。
実は私立中学に通っていたとき、素行不良で退学になっているのだ。その時の周囲の反応を見て、「世の中ってこんな簡単に手のひらを返すのか」と思い、ならば大学は最も信用が身に付けられる東大に行こうと考えたそうだ。世の中の信用など表層的に過ぎないと、福田氏は中学時代から既に見抜いていた。

公認会計士の資格を取得したのも、その延長線上だ。「専門的スキルを手に入れて他の学生と差別化を図りたい」と考えた。そして税理士法人を経て証券会社でキャリアアップを重ねながら今に至る。つまり、現在でもみずほ証券に勤務しているのだ。その傍ら、2015年に東京大学と慶應義塾大学のOBクラブである「LB-BRB TOKYO」を立ち上げた。ちょうど40歳のときだった。
「キリのいい年齢で変わりたかったんです。若さと経験値のバランスが取れている年齢ですし、リスクを評価することもできる」。ずっと続けていたサッカーに対する「恩返し」の意味もあった。
「サッカーから、大切なものを沢山もらいました。だから自分もサッカーのために役立ちたいと」

そんな思いを根底に乗り出したクラブ経営。まずは「2020年までにJリーグ入り」と公言した。本拠地は東京都心の文京区、監督は東大卒の公認会計士で投資銀行マン、母体は東大と慶應のOBクラブ──世間から注目されるには充分な要素を持っていた。
「Jを目指すというのはわかりやすい花火のようなもの。設立コンセプトは、座学からの学びとスポーツからの学びを融合した人材の輩出です」と言う。
2016年には、クラブ名を「東京ユナイテッドFC」に改めた。より東京を意識し、多様性に満ちた都市で「TOKYOブランド」を、サッカーを通じて発信したい。そのために、クラブでしっかりとした人材を育てる。地域に密着した活動は、Jリーグの理念とも合致している。

 

 

日本には「部活文化」があるじゃないか

Jリーグ発足以前、日本のプロスポーツ(主としてプロ野球)では、例外はあるが運営企業名が大きく謳われてきた。しかしヨーロッパや南米に倣い、「地域のクラブ」という性格を持たせたのがJリーグの大きな特徴だ。ところが今まで縁遠かったそのような仕組みは、一朝一夕に浸透はしていかない。ならば、と福田氏は思い当たった。「日本には『部活』文化があるじゃないか」と。地域には学校というコミュニティがあり、ピッチなどのインフラは大学に備わっている。
「地元と母校という大切にすべき2つの要素を、みんな持っています。学校の部活は今、顧問の先生のハードワークが問題になっていますが、その代わりになるのが地域のクラブ。地域に足りないインフラは、例えば文京区なら東京大学なんかが持っているわけです。東大と慶應が母体となっているのはそんな背景もあります」

部活に関して言えば、福田氏が過ごした暁星高校サッカー部で培った関係も今に続く財産となっている。共同代表の人見氏をはじめ、当時の仲間たちは今でも対等に付き合える。筆者が自分を振り返ってみても、中学〜高校の部活はきつかったがその濃密な時間をともに過ごした仲間とは損得抜きで話ができる。多くの人々が体験してきた「部活」が地域スポーツの要となるという発見は、福田氏ならではのものだろう。

自分の生活をクラブに寄りかからせたくない

福田氏は、40歳を契機にサッカーの世界へ再び舞い戻った。しかし、現在もみずほ証券に勤務する会社員でもある。仕事を持ちながらクラブ運営もこなす、その理由は何なのだろうか。
「生活をクラブに寄りかからせたくないからです」と福田氏は明快に答える。「代表としてやらなければならないことのうち、誰かに代わってもらえる部分は任せています。私が会社員として稼いでくる分を入れれば、クラブの総収入も増えますしね」

今まで本人が「いちばん苦しかった」と振り返るのが、税理士法人から証券会社に転職した期間だった。それまで未経験の業務である上に、弱肉強食の世界。営業成績を上げられなければ、社内での風当たりが半端ないほどきつい。奮闘の甲斐あって大型の注文を取ることに成功し、社内評価も上向いた。そこから福田氏いわく「信用の連鎖」が始まった。ひとつの成功例が次の案件を呼び、その成功がまた別の大型案件を引き寄せる。投資銀行マンとしてのバリューを高めることができた。
実はこの「信用の連鎖」は、東京ユナイテッドFCを立ち上げてからも同様に起きたことだった。

 

 

東京で通用するための武器は「異色さ」

東京ユナイテッドFCは、都心部の文京区を本拠地に構える。東京で注目を浴びるためには、何かしらの武器が必要だ。福田氏はそれを「異色であること」に定めた。母体となる2つの高偏差値大学、代表も務める監督は東大出身の公認会計士で投資銀行マンである。これだけで、人は「おや?」と思うだろう。
「肩書きがどれだけ信用を勝ち取れるか、が私たちの異色な武器です。肩書きをフルに使えば、いろいろな人に会うことができます。興味を持ってもらったり、紹介してもらったり。信用が連鎖していき、雪だるま式に広がってきました」
とは言え、地道なスポンサー探しの労力は他のチームと変わりはしない。座してオファーを待っているわけではない。肩書きと信用を受け入れてくれるであろう会社や人をターゲットにして、アプローチ。戦略に裏打ちされた活動の結果なのである。

もちろん、チームの戦績も信用を得るための大きな武器だ。福田氏は「草チームから勝ってきましたから」と振り返る。慶應BRBでは、2012年の東京都3部4ブロックから毎年戦績を残してきた。東京ユナイテッドFCとなってからも東京都1部、関東2部、関東1部と上がってきた。この戦績と戦略的営業でスポンサーを開拓し、選手補強費用を捻出。元日本代表やJリーガーを迎え入れた。

武器である異色さは、差別化につながる。そして、マーケティングの基本はこの差別化である。それを最大限に活かしつつクラブの経営にあたる。実に明快でわかりやすい。福田氏には何年後かのビジョンがはっきりと見えているし、そこに向かって打つ手はいくつも用意しているようだ。(文・鳥羽山康一郎/福田氏写真・西田香織)

※後編では、福田氏がクラブの目標とする「人材育成」を主眼として展開していく。