変態読書

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ようこそBook Bar 坂ノ途中へ。
ここは、編集者RとKのふたりが営むバー。本日は、読書はお風呂で、が定番のKが店番です。

ついこの間、年が明けたと思ったらもう新年度、と思っているのは私だけでしょうか。新年度といえば、本屋大賞の季節。まもなく第19回本屋大賞の結果が発表となります。本屋大賞とは、直木賞や吉川英治賞など、出版社が主催する名だたる文学賞に対し、「本当に面白い本を知っているのは私たちよ!」といった心意気で(本当にそんなことを言ったかどうかは分かりませんが)、書店員さんたちが立ち上げた、変態、いや本好きによる本好きのための文学賞です。

日本全国の新刊を扱う書店の店員さんたちの投票によって「いちばん売りたい本」が受賞作として選ばれるため、大手出版社が主催する文学賞の候補にはノミネートされないような作品がピックアップされることも、この賞の面白さのひとつです。しかも第10回までの受賞作はすべて映像化、あるいは漫画化されるなど、話題性抜群の賞でもあるんですよ。

毎年この時期になると候補作が書店の店頭に並ぶので、どの本が受賞するのかを予想するのが楽しみです。ちなみに総務省の統計によると、令和2年の日本の新刊出版点数は約6万8000点、うち文学(小説)ジャンルだけでも約1万2000点だそう。もちろん投票する書店員さんは全部の新刊を読むことはできませんが、こんな賞を作ってしまうくらいですから、さぞかしたくさんの本を読んでいるんでしょうね。中には漫画を含め年間2000冊以上の本を読む強者もいるという噂もありますから、本当の変態、いや読書家による文学賞ですよね。

変態読書

と、前置きが長くなりましたが、今年の本屋大賞の候補作は先日直木賞を受賞した米澤穂信さんの『黒牢城』をはじめミステリが多いような気がします。どの作品も「さすが!」という内容ですが、私がいろんな意味で驚いたのが知念実希人さんの『硝子の塔の殺人』。あえて誤解を怖れずに言うと、この本はミステリ好きの、しかもかなり変態的なミステリ愛好家に向けた作品です。

ストーリー自体は昔からある、周囲から孤立した建物の中で次々と不可解な殺人事件が起こるクローズドサークルミステリなのですが、謎解きの途中に古今東西のあらゆる名作ミステリや作家の名前がこれでもかと登場します。たとえばこの作品に出てくる自称名探偵・碧月夜の台詞。

「神津島さんの気持ちもよく理解できます。『十角館の殺人』はまさに日本ミステリ界のマイルストーンでした。それを皮切りに、法月倫太郎、有栖川有栖、我孫子武丸など錚々たる才能が日本ミステリ界に登場し、松本清張の活躍以来、縮小の一途をたどっていた本格ミステリの人気が一気に爆発して、新本格ムーブメントが起きたんですから」――

『硝子の塔の殺人』知念実希人(実業之日本社)より

と、ミステリに詳しくない人が読んだら、誰が架空の人物で、誰が実在する人物なのか、さっぱりわからない内容。まだまだあります。

「さすがは九流間先生、とても鋭い指摘です。これはある意味、法月倫太郎が『初期クイーン論』の中で指摘した、後期クイーン的問題ですな。まあ厳密に言うと、後期クイーン的問題という名称は『初期クイーン論』の中で使われているわけではなく、その後、笠井潔が……」――

硝子の塔の殺人』知念実希人(実業之日本社)より

ね、もはや何の話だかさえわかりませんよね? もちろんこれはれっきとしたミステリ論に基づいた台詞なのですが、こうした「ミステリに関する知識」がないと理解できないような小説を候補にあげるあたり、いかにも本好きな書店員さんたちが選んだという気がします。

もちろん、この作品はただ蘊蓄を語って知識をひけらかしているわけではありません。ミステリ通が楽しめるのはもちろん、ミステリに精通していない人が読めば、ここに登場する作品を読みたくなる、そんな書かれ方をしているんです。これ1冊でミステリ入門者が読むべき作品がわかる、指南書のようでもありますね。実際、この本に出てくる世界初の推理小説「モルグ街の殺人」が収録された本が再び注目されていると言いますから、すごい影響力です。

こうしたマニアックな作品が大賞を受賞するのか? あるいは先日直木賞を受賞した王道とも呼べる作品が選ばれるのか、本当に楽しみです。発表は4月6日ですから、今日は前々夜祭ということで、「モルグ街の殺人」の作者、エドガー・アラン・ポーが書いた別の作品のタイトルにもなっているシェリー酒、アモンティリヤードを飲みながらミステリ談義に花を咲かせませんか。

【今回紹介した本】
『硝子の塔の殺人』知念実希人(実業之日本社)

雪深き森に燦然と輝く、地上11階、地下1階の巨大な硝子の塔。この塔の持ち主でもあるミステリ愛好家の大富豪が重大な発表をし、刑事、霊能力者、小説家、料理人など一癖も二癖もあるゲストたちを招いた。しかし発表の前に次々と不可解な殺人事件が起きて……。密室、完全なるアリバイ、名探偵、読者への挑戦状などなど、ミステリ好き垂涎の要素がちりばめられた本格ミステリ長編。

『モルグ街の殺人・黄金虫』エドガー・アラン・ポー(新潮文庫)

人類史上初の推理小説「モルグ街の殺人」を収録した、エドガー・アラン・ポーの短篇集。1841年に発表されて以来、星の数ほど生み出されたミステリ小説の原点と言える名作「モルグ街の殺人」を読まずしてミステリを語るなとは言いませんが、押さえておきたい1冊です。

文:K