文京区ゆかりの文豪 その素顔を訪ねて

「昨日から家にはお金というものは一銭もない」   ~貧しさが生んだ女流作家、一葉~

文京区ゆかりの文豪 その素顔を訪ねてvol.2 樋口一葉

前回紹介した鴎外がその作品を激賞し、一躍人気作家となったのが樋口一葉です。代表作には『大つごもり』『にごりえ』『十三夜』『たけくらべ』などがあり、社会の底辺で懸命に生きる人々の姿を美しい文章で活写しました。

本名は、樋口奈津(ひぐちなつ)。下級官吏の傍ら、不動産業や金融業で財を成した父のもとで裕福な幼少期を送ります。しかし、1889(明治22)年、十七歳の時、父が事業に失敗し膨大な借金を残したまま亡くなると、若くして家督を相続することに。母と妹と一葉という女3人での暮らしは、着物の仕立てや洗い張りで生活費を稼いでも苦しくなる一方で、家計は火の車だったといいます。

知人から借金を重ね、質屋通いも日常茶飯事。そんな折り、入門していた歌塾の同窓生が小説を書き、多額の原稿料を得たことを知ると、迷わず作家として身を立てる決意をします。
妹が紹介してくれた大手新聞の記者、半井桃水(なからいとうすい)を師として、十九歳の一葉は小説の手ほどきを受け、1年後に念願の小説家デビューを果たします。半井は、借金に追われる一葉の生活の面倒までみてくれ、一葉も恋心を抱きますが、男女の仲を噂され、心ならずも絶交を告げることに。
暮らしはますます苦しくなり、この打開策として、明治26年にかつての吉原近くに、子ども相手の駄菓子、玩具を並べた荒物屋を開きますが、商売は失敗に終わります。


▲一家が駆け込んだ旧伊勢屋質店(菊坂跡見塾)

しかし、これをきっかけに遊廓の生活を知り、やがて身を売ることでしか生きていけない少女たちのひたむきな姿が、その後の作品の方向を定めることになります。
こうして、『たけくらべ』をはじめとする数々の傑作が生み出され、これから作家としてより大成していくと誰もが思っていた矢先、一葉は肺結核で二十四歳という若さで亡くなります。困窮にあえぎながらも自身の書きたいものを追い求め、作家としての人生を歩み始めたばかりでした。
一葉というペンネームは、一枚の葦の葉の船に乗って中国に渡ったという達磨大師の伝説にちなんで、達磨のように「私にもお足(銭)がない」と自らの困窮した生活を冗談めかしてつけたと言われています。

文京区本郷四丁目の旧菊坂町の路地奥に、明治23年から3年間、母と妹を養いながら一葉が暮らした旧住居跡がいまでもあり、古い井戸が残っています。この近くに、一家が駆け込んだ伊勢屋質店も文京区の有形文化財に指定され、学校法人跡見学園によって保存されています。週末には、一般公開されており、早世の女流作家の暮らしを偲ぶことができます。


▲本郷四丁目(旧菊坂町)の一葉の旧居跡付近

 

旧伊勢屋質店(菊坂跡見塾)
所在地:東京都文京区本郷5丁目9番4号
公開日:土曜日、日曜日(年末年始、大学行事日等を除く)、11月23日(一葉忌)
公開時間:12:00~16:00(最終入場は15:30)
入館料:無料