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新年明けましておめでとうございます。一年の始まりは目標を立てたり、新しいことを始めたりする方が多いようですが、何か特別なことはされましたか? もし何もしていないようでしたら、ぜひ日本の歴史について学んでみませんか? なーんて言うと堅苦しく聞こえますが、実は年末に浅田次郎さんの著書『日本の「運命」について語ろう』を読んだからなんです。

浅田次郎さんと言えば『鉄道員(ぽっぽや)』や『壬生義士伝』など映画化もされた泣ける小説で有名な作家ですが、『日本の「運命」について語ろう』は小説ではなく歴史の本です。歴史の本と聞くと難しそうですが、そこはベストセラー作家。今を生きる現代人がこれだけは知っておいた方がいいという歴史的事実を今までにない独自の切り口で語っているので、学生時代に歴史の授業が嫌いだったという人もきっと楽しめると思います。むしろ、歴史に興味を持つようになるかもしれませんね。

たとえば、江戸時代末期に日本にやってきた「黒船」として知られるペリー艦隊について。

 彼はなぜ日本にやってきたか。もちろん理由があります。
 当時、最大の海洋産業は、捕鯨でした。クジラを捕獲して工業用の鯨油を取っていた。これはアメリカに限りません。産業革命を果たした各国は、大量の鯨油を必要としたため、世界中で捕鯨をしていたのです。
 アメリカは太平洋で、捕鯨船に物資補給するための寄港地として、日本に開港を迫ったことになっていますが、そもそも彼らは捕鯨船の護衛艦隊でした。ペリー艦隊の正体は、捕鯨団の一員なんです。
(中略)
 ペリー来航の一週間後、やはり開港を求めてロシア艦隊がやってきました。ほんのタッチの差ですが、幕府は「先にアメリカと交渉しているからダメ、長崎に回れ」と返答したそうです。(中略)もしもロシアが来るのがアメリカより早かったら、ロシアが日本の外交上の最恵国となっていたでしょう。以降の歴史はまるで変わったはずです。これはもう、国の運命としか言いようがありません。

(『日本の「運命」について語ろう』より)

浅田氏が言うようにもしロシアが1週間早く来ていたら、今頃私達はどんな暮らしをしていたでしょうか? わずか1週間の違いでその後の国の運命が決まるだなんて、ドラマチックだと思いませんか?
『日本の「運命」について語ろう』では、私達が絶対だと思っていること、正しいと思っていることが、こんな偶然のようなことで運命づけられたという歴史の面白さ、重要さ、怖さを浅田氏流の視点で教えてくれているんです。他にもこんな記述があります。

 ロシア、旧ソ連というのもかわいそうな国なんです。世界地図を見ても「なんでこんなにでかいんだ」って言いたくなるくらい巨大ですね。とりもなおさず、巨大だということは国境が接している国が多いということです。戦争はほとんどの場合、国境をめぐる戦争から起きますので、近世のロシアや旧ソ連は、ずっとどこかの国と戦争をし続けることになったのです。今もいろんな火種を抱えていますね。

(『日本の「運命」について語ろう』より)

ロシアを「かわいそうな国」とするのは、浅田氏ならではの視点です。よく「歴史認識」という言葉を耳にしますが、この本に書かれている浅田氏の認識が絶対的に正しいと申し上げるつもりは全くありません。人によっては「間違っている!」と思う人もいるでしょう。歴史とは「実際にあったこと」であるはずなのに、解釈によってそれが意味することが全く違ってくるということを、この本は教えてくれている気がします。内容が正しいかどうかより、こんな考え方もあるんだ、と思って読むとなかなか楽しいですよ。

解釈で思いだしましたが「ネサヨ運動」というのをご存じですか? これは東京の下町育ちで江戸っ子である浅田氏の実際の体験談だそうです。

 私たちの世代には、小学校のとき「ネサヨ運動」という変なムーブメントがありました。東京弁のいちばんわかりやすい特徴は、「それでサ、それでネ、それでヨ」というぐあいに言葉の最後にネ、サ、ヨがつくのですが、これをつけてはいけないと禁じられたのです。ネサヨをつけたらマジックでほっぺたに×印をつけるという教育が、本当に学校で行われたのです。「待たせちまったネ。遅刻しそうになったからサ。朝メシも食わずに来ちまったヨ」などと言うと×三つです。つまり方言は使うな、東京弁は下品だから使うなということでした。

(『日本の「運命」について語ろう』より)

笑い話のようですが、特定の方言を学校が禁じるというのは今だったら考えられませんし、江戸弁は人によってはカッコイイと言う人もいます。歌舞伎役者が演じる二枚目はバリバリの江戸弁を話していたりしますから、言葉も時代や解釈によって変わるということでしょうか。ちなみに江戸っ子の私ももちろん「ネサヨ」は当たり前のように使っていますが、これって方言だったんですねえ。

私たちの暮らしは過去、つまり歴史の積み重ねによってできているということなんだと思います。新しい年のはじまりに未来のことを考える前に、まずは過去のこと歴史を学んでみるのもいいかもしれませんよ。

冷え込む今夜は、かわいそうなロシアに敬意を表して、ウオッカでつけたアルコール度数の高い自家製梅酒のお湯割りで、体の芯から温まりましょうか。

【今回紹介した本】
『日本の「運命」について語ろう』浅田次郎(幻冬舎 2015年刊)

本書の中で歴史を学ぶことの意味を「現代につながる考え方や社会のありようを知ること」「平和な時代が続けられなくなった理由について考えること」だという浅田氏。だからだろうか、浅田氏は明治維新後の150年の歴史を好んで小説の題材にしている。そんな著者がこれからの日本が歩むべき道を照らす。世界に不穏な空気が流れる今こそ読みたい名著。

文:K