泣き虫、弱虫、くよくよ虫。
よく言えば、センチメンタルな性格。
例えば、道でちょっと転んだだけでも
痛さで、わーわー、
慰めてもらっては、しくしく、
転んでしまったことに、くよくよ。
近場に住んでいたこともあり、
いとこのあの子とはよく会っていたけれど、
正直「男のくせに」と思っていた。

最近会ったのは、おじいちゃんのお葬式の時。
「あの子は、おじいちゃん子だったから・・・」
そんな叔父叔母たちの援護射撃を受けて、
あの子は遠慮なく、めそめそ泣いていた。
お互い三十路になったのに、あいかわらずだった。

後楽園駅から春日通りを歩く道すがら、
頭の中にあの子の泣き顔がちらちらと過ぎる。
はー、想像するだけで気が重い。
お墓の前であの子、絶対に泣いている。
 
 
おばあちゃんに電話したのは
おとといのこと。
仕事で納骨に立ち会えなかったので、
久々に休みが取れたから
ちょっと行ってみようかと。
おばあちゃんは元気そうだった。
「あら、おじいさん、喜ぶよ」
お寺は知っていた。
でも、お墓の場所は
どの辺りかわからなかった。
それを教えてもらっていた時だ。
「そういえば、あの子も
あさって行くって言ってたかしら・・・」
「あの子、って?」
 
 
春日通りから一本入ると、大きな山門が見えてくる。
無量山傳通院。徳川ゆかりのお寺だと聞いた。
毎年、この時期から夏にかけて
お祭りや盆踊りなどが開かれるらしいけど、
今年はどうなんだろうか。

墓地は、都会の真ん中にあるとは思えないほど広い。
おばあちゃんに聞いておいて正解だった。
でも、きょうは聞いておかなくてもよかったみたい。
そう、お墓の前にはあの子がいた。

あの子は、キョトンとした顔で私を見た。
ほら、やっぱり。目は真っ赤だった。
「あら、もう掃除してくれてたんだ」
「うん」
「コーラもお供えしてある、気が利くじゃん」
「じいちゃん、好きだったから」
「私たちにもよくコーラ飲ませてくれたね」
「うん、母さんたちの目を盗んで」
「そうそう、内緒だぞ、ってね」
あの子の目の赤さを無視するように
たわいもない会話を続けた。

ふたりでお線香を供えて手をあわせる。
すうっと、安らかな香りを吸い込んだ。

「私も買ってきたから、一緒に飲もうよ」
考えることは一緒だった。
私も、お供えしようとコーラを買ってきていた。
それと、一緒に飲もうと思っていた自分の分も。
ただ違うのは、あの子の分も買っておいたこと。

カシュっと涼しげな音が響いた。
湿り気を帯びた風に心地いい。
そう感じた途端だった。
あの子の目が一気に湿り気を帯びた。
「きょうさ、じいちゃんと話がしたくて・・・」
絵が上手なのは知っていた。
イラストやらCGやら、
これまでフリーでやってきたらしいけど、
当然のごとく、
自分を売り込むなんて芸当ができる性格ではなく、
最近会社に所属したらしいという噂は聞いていた。
どうやら、それがうまくいってないみたいだ。
聞けば、もう30分以上もここにいるらしい。
「さっきね、もう思わず、
じいちゃんのところに連れてって、って」
「・・・なに言ってんのよ」
「なんか、もうどうしたらいいか分からなくて。
チームやリーダーとの関係もうまくいかないし、
客とのコミュニケーションも上手く取れないし」
でしょうね。
「じいちゃんに、どうすればいい、って・・・」
「おじいちゃん、なんて言ってた?」
「わからない、じいちゃんの声が聞こえなかった。
それがものすごく寂しくて、悲しくて、
じいちゃんに会いたくて、
もう涙が止まらなくって・・・」
いつものことじゃない。
「最近じゃ、もう思い詰めるだけで
涙も出てこなかったけど・・・」
「じゃ、きょうは少し泣けてよかったんじゃない?」
「うん、ありがとう」
「あたしにじゃなくて、おじいちゃんにでしょ」
「なんで?こうやって話を聞いてくれてる。
それだけで嬉しい。きょう会えて嬉しいよ。
きょう来てくれて、本当にありがとう」

ありがとう、って素直に言える。
そういう人が本当に強くて優しい人なんじゃないか。
そんなことに薄々気づいていた。
でも、私には出来なかった。
だから言った。

「ありがとう、って言えれば十分よ」
「えっ・・・」
「そんな大切な言葉が残ってるなら大丈夫。
きっと、大丈夫よ」

あの子の目から、堰を切ったように涙が溢れた。
あの子は、人目もはばからず、わんわん泣いた。
どれだけの思いを溜め込んでいたのだろう。
私にはまったく見当もつかない。
でも、思った。
こんな風に泣けなくなったのはいつからだろう。
私、この前、いつ泣いたっけ・・・。
私、誰に『ありがとう』って言ったっけ・・・。
泣き虫、弱虫、くよくよ虫。
ほんと、男のくせに・・・。
でも、泣きじゃくるあの子の背中が、
きょうは、ほんの少しだけうらやましく思えた。
 
 
 
それから少し経ったある日のこと。
あの子から一枚の絵が届いた。
子どものころの私とあの子、
そして、おじいちゃんの3人が
楽しそうにコーラを飲んでいる絵だった。
「へー、上手じゃない」
そこには名刺が添えられていた。
どうやら、まだ会社にしがみついているらしい。
名刺を裏返すと、手書きで一言。
『ありがとう』
大丈夫、の証が記されていた。

コーラ