いらっしゃいませ。
ようこそBook Bar 坂ノ途中へ。
ここは、編集者RとKのふたりが営むバー。本日はひとつ山を越えて燃え尽き状態のRが店番です。

こんばんは。もしかして、今夜もちょっと一杯とお寄りくださったのでしょうか? 申し訳ありません。実は今日は臨時休業していたんです。このところずっとかかりっきりになっていた仕事があり、なかなか店を開けられなくて……。でもやっとひとくぎりついたので、ひとりでお疲れ様会をしていたところです。大したおもてなしはできませんけれど、よろしければお付き合いくださいませんか? 休業日ですから、お代はいただきませんので。

とは言ったものの、冷蔵庫はほぼ空っぽで、これといった食材がないんですが、お客様、卵はお好きですか? 今晩は卵でちょっとしたつまみなど作りましょう。卵と言えば、すぐに思い出す本があるんです。私は今本に携わる仕事をしていますが、本好きになった理由の1冊というか、シリーズなんですが、これはまさに私の原点と言っていいものかも知れません。童話作家・寺村輝夫さんの「王さまシリーズ」です。

主人公はある国のある王さま。本の扉を開くと「わっ! きみに そっくり ぼくも そっくり 王さまに そっくり」という文字が飛び込んできます。つまり、この物語の主人公は、どこぞの偉くて徳の高い、民を統べ、尊敬される王さまじゃないんですね。大臣に勉強の時間だと言われても、とにかくどうにかして逃れる方法はないかと必死で考える、わがままでなまけもので食いしん坊の、まるで子どものような王さまなんです。

この王さまの大好物が「たまご料理」。周りの者が何を問いかけても「あ、うん」としか言わないくせに、お城のコックが「今晩のおかずはなにがいいですか?」と尋ねると、「たまごやきがいいな。めだまやきにしてくれ」と即答。そんな王さまが食べる料理の材料であるたまごを産むにわとり小屋からにわとりが逃げ出したから、さあ大変! というのがこの本の第一話『おしゃべりなたまごやき』。

とにかくこの王さまの起こす騒動がおかしくて、でも、王さまはみんなを笑わせようとしているわけじゃない。本人はいたって真面目。自分の好きなように日々を過ごすことに一生懸命なだけ。奇想天外な物語を読み進むうちに本って面白いなと思うようになり、すっかり読書好きになってしまいました。この作品の魅力は、和歌山静子さんのイラストにもあるのだと思います。過去には別の方がイラストを描いたこともあるようですが、やっぱり長年の読者としては、この和歌山さんの描く王さま以上にふさわしい王さまは他にいないという感じがします。

この作品で王さまがコックにオーダーしたのは「めだまやき」。それはそれでもちろん美味しいのですが、あまりにシンプルでなかなかお酒に合わせるのは難しいので、今夜は簡単にココットなど作ってみました。合わせるのはトマトと卵の甘みに負けない苦みのある黒ビールなどいかがでしょうか? どうぞ今夜もごゆっくり。

【今回紹介した本】
寺村輝夫『おしゃべりなたまごやき』(理論社 1996年刊)

わがままでなまけもので食いしん坊の、まるで子どものような王さま。いつも周りを困らせてばかりだけど、愛嬌があって憎めない。そんな王さまの活躍する物語。シリーズ第1作が書かれたのは1959年。その2年後に作品集が刊行され、シリーズ化されたり、新版が出たりと現在でも色あせず親子三代のファンもいるという人気ロングセラーシリーズ作品。

文:R