いらっしゃいませ。
ようこそBook Bar 坂ノ途中へ。
ここは、編集者RとKのふたりが営むバー。本日は、にわか将棋ファンのKが店番です。
突然ですが、お客様は将棋に興味はおありですか? なんて聞くといかにも将棋に詳しいみたいですが、正直に言います。私は藤井聡太棋士が登場してから急に興味を持ち始めたにわかファンです。とは言っても、将棋は奥が深いですから、私などにはプロ棋士が指す手の素晴らしさの百分の一も理解できないところが、残念ではあるんですが。
でも、詳しいルールがわからなくても小説なら将棋の魅力を感じることができるんですよ。たとえば、ちょっと前のものだと柚月裕子さんの『盤上の向日葵』。これは、将棋をテーマにした骨太のミステリーで、第15回本屋大賞の2位を獲得したり、ドラマ化されたりするなど、当時はかなり話題となりました。分厚い上下巻ですが、ミステリー好きなら絶対におすすめです。
そしてもう1冊のおすすめが、『将棋であった泣ける話』。これはファン文庫Tearsというレーベルから出たアンソロジーです。このレーベルは「泣ける」という基本テーマがあって、その他に「●●であった泣ける話」といったように、毎回「●●」にいろいろなお題が入り、それに合わせて複数の作家が短編を書き下ろすんです。「将棋」がお題になった時は、12人の作家が腕をふるっていますが、将棋と一言で言っても、子どもが指す「どうぶつしょうぎ」から、プロ棋士の話までさまざま。いろんな将棋の話が読めて、しかも将棋のルールが全くわからなくても、読めるし、泣けるんです。
たとえば、アンソロジーの一編で、桔梗楓さんの「将棋を忘れられなかった人」は、老人ホームにいる老人と、彼を定期的に訪問する女性の物語。女性は毎回老人に対して「私は誰でしょう?」と問いかけます。そして、彼の返事は伯母だったり、妻だったり、妹だったり毎回違うんですが、女性は否定せずに、その人物になりきって老人と将棋をさす。それは彼が認知症になってしまったから話を合わせているだけなのか? それとも何か特別な事情があるのか……。
あるいは、朝来みゆかさんの「小さな森で眠る森たち」では、祖父の法事の帰りに実家に立ち寄った女性が主人公。彼女の娘たちが「どうぶつしょうぎ」で遊びながら口にしたある言葉が、亡き祖父の悲しい過去を掘り起こす……。
どうです? 結末が気になりませんか? 将棋にはドラマがあるんですよ、なんて手垢のついた台詞は申しませんが、もしも将棋に興味がないならば、それはもったいない。まもなく、藤井聡太棋士が史上最年少五冠をかけた対局が行われます。史上最年少も凄いですが、過去に五冠を達成したのは3人だけ。史上4人目にして最年少の五冠王が誕生する瞬間を見届けることができるかもしれないなんて、ワクワクしませんか? その前に将棋の小説で予習をしておけば、さらに対局が楽しめるかもしれませんよ。
今夜は藤井聡太棋士の最年少五冠達成の前祝いとして、とっておきのイチローズモルト青ラベルをお出ししましょう。どうぞごゆっくり。
【今回紹介した本】
『将棋であった泣ける話』著者12人によるアンソロジー。(マイナビ出版 ファン文庫Tears)
「将棋」を題材にした12編の泣ける短編集。プロ棋士を目指す青年の話や、将棋をきっかけに繋がる老人と孫の物語など、読後感のいい泣ける話ばかり。通勤途中の電車の中で、寝る前のリラックスタイムになど、隙間時間でも読めるお手軽さも魅力。表紙は漫画『リボーンの棋士』の作者、鍋倉夫氏が担当。
文:K