文京区ゆかりの文豪 その素顔を訪ねて

なんと、漱石と人気を二分する鴎外は、無類の潔癖症だった!!

文京区ゆかりの文豪 その素顔を訪ねてvol.1森鴎外

夏目漱石と並び、明治の文豪として今でも人気の高い森鴎外。代表作には『舞姫』『青年』『雁』『阿部一族』『山椒大夫』『高瀬舟』などがあり、これらの作品を読まれた方も多いと思います。本名は、森林太郎といい、津和野藩主の御典医の長男として誕生。幼少時から学業優秀で、十歳で島根から上京すると、二歳サバを読み、なんと十一歳で現在の東京大学医学部に入学。1881(明治14)年、東大本科医学部をわずか十九歳で卒業するというスーパーエリートぶりを発揮します。その後、陸軍省へ入省し、二十二歳から4年間ドイツへ留学。日露戦争に軍医部長として出征した後、軍医総監に昇進するなど順調に出世していきます。軍医である森林太郎が森鴎外として文学活動を始めるのは、二十八歳頃から。事実上のデビュー作である『舞姫』は、この留学先のドイツを舞台にした悲恋物語で、鴎外の実体験に基づいています。留学中の恋人であったエリスというドイツ人女性が鴎外を追って来日しますが、様々な世間のしがらみのために、この恋は成就することなく、エリスは傷心のうちに日本を離れたといいます。

写真を見ると、文豪という名がこれほど似合う人もいないと思えるほどの風貌ですが、極度の潔癖症であったといいます。ドイツで当時最先端の細菌学を学び、以来、食品の菌を恐れ野菜や果物は火を通した物しか口にせず、出張の時には卵と梅干し以外は食べなかったとも。また、大の甘党で、銀座キムラヤのあんパンが好物で、饅頭をご飯の上にのせて、お茶漬けにして食べたというエピソードも残っています。

地下鉄千駄木駅で下車し、団子坂を上ると「森鴎外記念館」があります。鴎外が六十歳で亡くなるまでの30年間を家族と過ごし、二階から遥かに東京湾が見えたことから「観潮楼」と名付けた住宅跡です。藪下通りに面した出口からは、建物の間にちょうど、スカイツリーが見え、そのまま坂道を下っていくと、根津神社へと至ります。戦災を免れた下町風情が色濃く残る懐かしい町並みは、そぞろ歩きにぴったりです。

 

文京区立森鴎外記念館

〒113-0022 東京都文京区千駄木1-23-4
TEL:03-3824-5511 FAX:03-3824-0123
開館時間 10時~18時(最終入館は17時30分)
入場料 300円(20名以上の団体:240円) 中学生以下無料(詳細はHP参照)
休館日 毎月第4火曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)及び展示替え期間、燻蒸期間等
アクセス 東京メトロ千代田線「千駄木」駅1番出口徒歩5分