いらっしゃいませ。
ようこそBook Bar 坂ノ途中へ。
ここは、編集者RとKのふたりが営むバー。本日はいくら酒が好きだと言ったって、酒の川では泳げば溺れそうなRが店番です。

もう11月も半ば、夜はずいぶん冷え込むようになりましたね。本日は何をお飲みになりますか? 燗酒や焼酎のお湯割りもいいですが、きゅっとひと口ストレートで含めばカッと喉から腹へ、熱が降りていくようなウイスキーはいかがでしょうか。

最近は空前のウイスキーブームだなんて言って、熟成年度の古いものはプレミアがつき、庶民にはすっかり高嶺の花になってしまいました。ウイスキーは、他のお酒と違って樽の中で寝かせることで旨み、価値が出てくるものですから、そう簡単には作れないのが、さらに人気を煽るのかもしれません。

ウイスキーと言えば、通が好むのがシングルモルト。ウイスキーは、とうもろこしや小麦、ライ麦などの穀物で作られますが、中でもモルト(大麦麦芽)100%で単一の蒸留所で作られたものがシングルモルトと呼ばれます。つまり、作られた地域、蒸留所の個性が出るんですね。個性的なウイスキーの典型と言ってもいい。そんな成り立ちも蘊蓄を語りたい(?)通の心をくすぐるのでしょう。

そのシングルモルトの代表的な産地がスコットランドやアイルランド。今や世界的に有名な日本人作家のひとり、村上春樹さんがかの地を旅して記した旅行記があるのをご存じですか? そう、その本棚の一番上の真ん中あたりにあります。村上さんのエッセイと妻である陽子さんの写真で構成された『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』、私のお気に入りの1冊です

シングルモルトは磯くさい? はい、そう言って敬遠される方もいます。でも、それがファンを虜にする理由でもあるというのは、物事の二面性の面白いところですね。磯くさいと言われるのは、主にスコットランドのアイラ島で作られるウイスキー。原料の大麦を乾燥させる際に使われる燃料のピート(泥炭)に海藻が混じっているかららしいです。周囲を海に囲まれているアイラ島ならではの裏話ですね。その旅行記で、アイラ島の様子もわかりますから、お酒のお供にどうぞ手に取っていただいていいですよ。

あ、お客様、お気づきになりましたか。その旅行記の隣にあるのが『もし川がウィスキーなら』。書名が似ているといってファンの間で話題になったことがあるのだとか。この店の常連さんが持ってきてくださいました。こちらはアメリカ人の作家による短編集で、登場人物のある一家の父親が歌う歌の一節がタイトルになっています。ウイスキーが流れている川があったらどうします? 空き瓶を何本も抱えて行って、いっぱいに詰めますか?

まあ、冗談はさておき、今日は新鮮な殻付きの生牡蠣が手に入ったんです。まずは殻の中にウイスキーを垂らして飲んでみてください。シングルモルトの香りに生牡蠣の磯くささがなんとも言えないハーモニーをかもしだすんですよ。噓だと思ったらぜひお試しを。村上春樹さんがアイラ島で勧められたと書いていた牡蠣の食べ方です。どうぞ今夜もごゆっくり。

【今回紹介した本】
村上春樹『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』(平凡社 1999年刊)
※単行本は絶版。現在文庫(新潮文庫)が発売中
村上春樹が約2週間をかけて回ったスコットランド、アイルランドのウイスキーに焦点をあてた旅行記。旅行が叶わないなら、せめてこの写真を眺めながら彼の地に思いをはせつつウイスキーを味わいたい1冊。

T・コラゲッサン・ボイル『もし川がウィスキーなら』(新潮社 1997年刊)
歌の一節はこう。「もし川がウィスキーで/おれが潜水ガモなら/底まで泳いでって/しこたま飲むのに」日常の何気ない描写の中に、さまざまなユーモア、皮肉を潜ませた短編16編。この雰囲気もウイスキーのように癖になるかも?

文:R