「書く」ということ
文字や絵を記し、他者に伝える。この行為の原点は、今から200万年前のクロマニョン人によってアルタミラやラスコーの壁画として残されている。
それから人類は、様々な方法で様々な媒体に文字や絵を書いてきた。「書く」という行為は人類がこれまでに獲得してきた知恵や知識を記録し、後世に伝える手段のファーストチョイスとして長らく採用されてきた。
今、子供たちが最初に文字を書くとき、その手には鉛筆が握られている。鉛筆で書き、学び、そして伝えてきた。私たちのアカデミックな部分の根幹を支えているのは、まさに鉛筆なのだ。
鉛筆がある限り、鉛筆をつくり続ける
そんな鉛筆が東京の地場産業であるということは、あまり知られていない。実は全国に42社ある鉛筆メーカーのうち、32社が東京都の葛飾区と荒川区に存在する。
その東京葛飾区で、鉛筆にこだわり、製造を続けているのが北星鉛筆株式会社だ。
四つ木の駅を降り、住宅街をしばらく進むと大きな鉛筆が描かれた建物が見えてくる。近づくと木の匂いが漂ってくる。誰でも知っている鉛筆の匂いだ。
敷地内には製造工場と鉛筆資料館「東京ペンシルラボ(TOKYO PENCIL LAB.)」がある。
鉛筆の歴史や製造方法、アイデアあふれる商品など、豊富な資料に触れることができる。さらに工場見学や、木のねんど「もくねんさん」のワークショップなども体験でき、まさに鉛筆のテーマパークのようだ。その東京ペンシルラボで様々な世代の人々に鉛筆についての情報を発信し、伝え続けているのが、北星鉛筆 代表取締役社長の杉谷和俊氏だ。
守り続けてきた家訓
‘’鉛筆は我が身を削って人の為になる。そんな鉛筆をつくるということは、真中に芯の通った人間形成に役に立つ、立派で恥ずかしくない職業だから、鉛筆のあるかぎり、利益などは考えず、家業として続けるように”
北星鉛筆では、先代より受け継いできたこの言葉を胸に、鉛筆にこだわり、作り続けてきた。新たな発想で、時代に先駆けて新しい製品を数々生み出してきた。この王道を貫き守り続ける精神と、新しいチャレンジこそが68年という歴史を刻み、生き抜いてこられた北星鉛筆の最大の強みだ。
木のねんど「もくねんさん」と木の絵の具「ウッドペイント」
ペンシルラボの中には杉谷氏が自ら描いた絵画作品が数多く飾られている。実はこれらは、製造工程で生じるおがくずをもとにつくられた、乾くと木になるねんどと、木の絵の具で描かれている。いずれも杉谷氏が開発した商品だ。
鉛筆の製造工程で生じるおがくずの量は原料の40%にもなる。それは毎日畳8畳分にものぼる。過去には風呂屋の燃料等として有価物だったおがくずだが、次第に買い手がつかなくなった。しかし廃棄するのは勿体ないと考え、それを再利用した製品開発へ。おがくずを圧縮加工して誕生したのが、火をこす際に火種として使用する着火蒔だ。
その着火蒔を粉状にし、特殊な材料を混ぜ、乾くと木になるねんど「もくねんさん」を生みだした。木の香りが心地よい環境にも身体にも優しい粘土だ。さらに、乾くと木になる絵の具「ウッドペイント」も開発した。
「もくねんさんとウッドペイントで描いた作品を木彩画と名付けました。将来は大学で木彩画コースができないかな。」と杉谷氏は楽しそうに夢を語る。
書く楽しさを思いだす 大人の鉛筆
もう一度鉛筆の感覚を味わいたいという大人のために作られた「大人の鉛筆」。
北星鉛筆が昭和29年に開発した削らない鉛筆「ノーカット鉛筆」(鉛筆全盛期のため、こちらはあまり売れなかったらしい)から進化を遂げ、シャープペンの構造もった鉛筆として生まれ変わった商品だ。改めて鉛筆とシャープペンシルの書き味を比較すると、滑らかさが違うことに気付く。鉛筆の芯は黒鉛と粘土でできている。一方シャープペンシルの芯は黒鉛と樹脂(プラスチック)だ。鉛筆の方がなめらかで、快適にすべる。まさに子供の頃に使用していたあの感覚をもう一度思い出させてくれるのがこの「大人の鉛筆」だ。
目で見るのではなく“考え”て“想い”を商品化する
北星鉛筆ではその他、数々のアイデアあふれる商品を世に送り出している。
「日本のいままでのものづくりは、目で見て真似て、改良して製品をつくってきました。これからの時代の新しい商品を開発するコツは、物真似ではなく”想い”を商品化することです。『こういうモノがあったら良いだろうな』という”想い”を商品化する。さらにそこにきちんと理由がないと売れる商品にはなりません。理由がブレるとものは売れない。そこを考え続けなければいけないのです。考え続けないと生み出す力はゼロになります。」
「そして思いついたら即行動に移すこと、そうして初めてヒット商品が生まれます。」
「新しい時代がきても鉛筆が売れるように、私は常に考えているんです。」
ペンシルラボを運営している理由
「欲しいものがないという今の人たち。夢を語れない人たち。それを改善するには、教育からもう一回やり直さないといけない。よく考え、想いのある子供たちを増やすことで、日本から新しいものを発信していけたらいい。考える基本は相手の気持ちになること。横で見ている人、親のこと先生のこと。自分だけの気持ちでやると失敗する。皆のことを考えて一手をうつと、皆が応援してくれて、夢がかなうのです。」
「もうひとつ。アリと鳥の目で見ることです。アリと鳥の目線、見えているものは違います。頭の中でアリの目になったり、鳥の目になったりして考えることを意識するのです。それを繰り返し、習慣づける。そして考えることでアイデアがうかんだら即実行します。」
「親が言うから動くのではなく、自分で考える。そんな子供たちを増やしていくため、このペンシルラボを運営しているのです。」
まだまだ夢は終わらない
新商品 日本式鉛筆削り器 ムサシ
そんな北星鉛筆から、また新たな商品が2019年1月11日に誕生する。
現在の主流はドイツ削りといって芯と木を一度にまわしながら削る形式のものだ。しかし、上下することで芯が折れることがある。ムサシは芯と木を二段階で別々に削る仕組みになっており、削る際に芯が折れにくい。折れやすい黛(まゆずみ)を削るときなどにも最適だ。
「欠点は鉛筆が長持ちしてしまうことです。鉛筆がなかなか売れなくなってしまうかな。」
杉谷氏は笑う。
「でもいいんです。鉛筆に価値をつくっていくことが大事なのです。削るのが楽しい、鉛筆をもっと使っていただけるようにしたい。そうして鉛筆ファンを増やしていきたい。この日本式鉛筆削り器 二天一流 “ムサシ” で 世界中のスタンダードをドイツ式から日本式に変えたいのです。」
「企業はゴールのないバトンリレーをしています。ゴールのないバトンリレーを続けてきたら黙っていても100年なんてあっという間にたってしまいますよ」
鉛筆の未来が楽しみになった。
日本のものづくりの未来も楽しみになった。
今後も北星鉛筆が描く未来を、日本のものづくりの未来をさらに注目していきたい。