つくる

木の肌触りが子どもを見守り、育てていく
「きみたつ」松崎裕太氏 ──前編

「木製玩具」と聞くと、どことなく温かさや信頼感を覚える。私たちが木に対して持っているイメージが、そう導くのだろう。ここにあるひとつの玩具も、そう。しかしこれには作り手の想いや情熱、さらにしたたかな計算が込められている。木工玩具「きみたつ」のクリエイティブディレクションを指揮する松崎裕太氏に話を聞いた。

立ちのぼる木の香りとともに

トールペイント風にデザインされた木の蓋を開けると、ふわっと香りが立ちのぼり、気持ちがどことなく安らかになるのを感じる。

「開けた瞬間の『わぁっ』という顔がいいんですよ」

松崎裕太氏は、にこやかに語る。この木工玩具「きみたつメイロ」の生みの親だ。30cm強の正方形の板にスリットが切られ、そこに仕切り板を立てて迷路を作っていく。底板以外の素材はすべて兵庫県産のヒノキだ。そして、立ちのぼる香りの源はビニール袋に詰められたヒノキのおがくず。ヒノキの香りが封じ込められたパッケージなのである。

この「きみたつメイロ」は、株式会社松崎が新ブランドとして立ち上げた「きみたつ」シリーズの基幹商品だ。松崎は、1940年の創業。学校で使う木製教材(教室に備えられている大きな三角定規など)からはじまり、保育園や学校の備え付け家具などを製造している。その手堅い木工メーカーが玩具の製造に乗り出したのは、「木工業の新しい可能性」の模索からだ。

「木製の学校教材そのものの需要が下がっていることが、背景にあります」と松崎氏。それを打開するための新製品を生み出したのは、松崎氏の経歴も大きく影響している。

ブランディング思考が生んだ「きみたつ」

「神戸の大学でプロダクトデザインを学び、群馬県にあるデザイン制作会社に入社しました。そこではコンセプトワークを主にやっていたんです」

家業である木工製作とは少々異なる分野で、経験を積んだ。これは松崎氏が、ビジネスの新たな視点を得るきっかけとなった。家業の会社に入社し、外で培ったスキルを活かして事業内容や業績を見直した。

「ブランディングにあたってまず必要なのは、決算書を見ることです」──数字を冷静に分析した結果、木製教材の見通しが芳しくないことが判明した。

「電子黒板などの普及で、木製教材そのものが消えていく運命です。小学校でプログラミングの授業が必修化されることで、図工の時間が減っていくことも予測されます。そもそも図工で使う工作キットは、安価な中国製に置き換わっています」

ならば、打つべき次の手は……と考え抜いて、需要減の原因であるプログラミング教育に思い当たった。プログラムと言っても、コンピュータの使い方だけを教えるわけではない。あくまでも「考える力」を養うのが目的だ。自分で考え、判断力や想像力を身に付ける。そうであれば、子どもたちの手に馴染む玩具を使っても同じような目的が果たせるのではないか。

「我々の専門である木工を使い、つくる勇気をそだてる雑貨を、と決めました。ミーティングを繰り返し、方向性が出るまで半年かかりました」

「きみたつ」のコンセプトは、こうして誕生した。

「きみたつ」はアクティブ・ラーニング

「きみたつメイロ」を見てみよう。180個所のスリットに板を立てていき、自分だけの迷路を作る。スタートとゴールを選ぶだけで9900パターンの迷路ができる。そしてどんな迷路になるかは、作る本人にしかわからない。

「遊ぶ子どもたちの数だけ迷路があります。すごく複雑に作ったり、途中で道が合流したり、まさに『発明』という感じです」

横に大人がいても、一切教えたりアドバイスしたりしないのが、「きみたつ」のコンセプトだ。同封の説明書にも「遊び方:キミしだい」とある。

「ネーミングの『きみたつ』は、『親』という漢字を『き』『み』『たつ』に分解したんです。木の上に立って見守っている存在、それが親」

子どものすることを安心して見守るためには、玩具の質も高くなければならない。木工業としての松崎の資産が、そこで活きた。仕切り板はヒノキの柾目。表面をすべすべにする加工方法で、無垢板でも引っかかりがない。アクセントに付けている色は食紅によるもの。

「家型のゴールも試行錯誤しました。ビー玉が入ったときどうやったらちゃんと旗が立つか、何度も取り付け角度を変えてみたり」

万全な配慮の上に完成した「きみたつメイロ」は、実はアクティブ・ラーニングの一環としても成立している。子どもたちが能動的に学習、つまり遊び方を発見し自主的に作ったり片付けたりしていくわけである。学習教材をつくり続けてきた歴史が、新たな学習へ導いた。

迷路が作られた「きみたつメイロ」。箱を持ってビー玉を動かし、家型のゴールに入れる

 

「DESIGN TOKYO」に出展した結果

こうして生まれた「きみたつ」には、「きみたつメイロ」の他にいろいろな小物を収納できる「きみたつボックス」、自由に積み重ねて使える「きみたつスクエア」のラインナップがある。販路はどうなるのだろうか──松崎氏は言う。

「今年(2018年)の7月、『DESIGN TOKYO』に出展したんです。そこでいろいろな気づきを得ましたし、ネットワークもできました」

「DESIGN TOKYO」は、東京ビッグサイトで年1回開催されるデザイン商品の展示会。ファッションからインテリア、ギフトなど幅広いジャンルから最先端のデザイン製品が出展される。松崎氏は前職時代から馴染みのあるイベントだ。そこに「きみたつ」ブースを出展した。兵庫産ヒノキ材をふんだんに使ったブースデザインが目を惹き、相当数の来訪者を獲得できた。

「中には名だたる企業でエンジニアをやっている方もいて、『これは萌える』とおっしゃってくれました。引き合いもかなりあり、『すぐに売ってほしい』『どこで買えるか』という質問もいただきました」

まずはサイトでの販売、そしてリアル店舗での販売を併行して行う計画を持っている。現在(2018年7月時点)、百貨店など店頭に置いてもらえる場所を探すための営業活動に余念がない。やはり実際に触ってもらうのが、いちばん説得力があるからだ。

「保育園などのプロの教育現場へも販売予定です。たくさんの子どもたち、先生方に使ってもらうことによって、その声をフィードバックしてもらえるからです。ブランディング的に言うと『インサイトを集める』わけです。

子育てや教育の現場で収集した生の声は、かけがえのない財産だ。

そしてもうひとつ、松崎氏の想いと連動した動きがある。兵庫県が進める「木育」だ。

「きみたつボックス」(左)と「きみたつスクエア」(右)。どちらも兵庫県産ヒノキでできている

 

DESIGN TOKYOの出展ブース

 

──後編に続きます──