木工製作の新たな可能性を拓くために立ち上げた「きみたつ」シリーズ。木工のプロならではの技術とこだわりがこもった、五感に訴えかける木製玩具だ。子どもの自主性と創造性を育てるシリーズである。前編に引き続き、「きみたつ」の松崎裕太氏に語ってもらった。
兵庫県が進める「木育」とは
木育──「木材や森林に親しむことで子どもは心豊かな人間に育つ」を根底に置き、子どもたちの身近なところに木を採り入れる取り組みを指す。2004年に北海道で提唱され、2006年には閣議決定の中にも使われた言葉だ。面積の70%を森林が占める兵庫県も、まさに木育に適した県である。2017年には県庁内に「木材利用班」が設置され、本格的なスタートを切った。林業が盛んな県内の自治体も、それ以前から木育に取り組んできた。
「きみたつ」は、それらと歩調を合わせるように誕生している。松崎裕太氏は言う。
「誰もが『木って何だかいいよね』って言います。でもどこがどういいか、明確にはわからない。手触りだったり匂いだったりがいいのかもしれないし、目に見えない何かが働きかけるのかもしれない。それらを体験するのが、木育です」
その一方で、「木を使わなければならない事情」も存在する。戦後、植林されたスギやヒノキが使用適齢期を迎えているのだ。当時のままの木材事情であれば、何も問題はなかった。しかし、建築にかつてほど木材を使用しなくなったことに加え、欧米や東南アジアから建材用の木材が安く大量に輸入されるようになり国産木材の需要は減った。だからといって木を伐採せずそのままにしておけば、森は荒れる。木に触れ、親しむことが木材の需要喚起につながると期待されているのである。
兵庫産へのこだわりと誇り
「きみたつ」の製品パッケージには「MADE IN HYOGO」の記載がある。主として兵庫県産木材を使用していることと、加工・生産が県内であることのアピールだ。製造元である松崎は神戸市が所在地。なぜ「KOBE」にしなかったのか。
「神戸はもともとブランド力が高いので、兵庫県全体のアピールをしたかったんです。林業の盛んなエリアはいくつもありますし、結果的に兵庫県の地域興しになればいいなと思っています。面白い試みをしている人たちもいますから、そういった動きと連携していきたいんです。木工をやっている同士、競合するのではなくつながることがこれからの時代大切ですから」
兵庫県では「ひょうご孫ギフトプロジェクト」という事業を立ち上げている。民間から寄付を募り、県産木材を使った知育玩具を保育所や幼稚園などに贈るものだ。木育の一環である。感性や想像力が育まれる幼児期に、木のぬくもりを感じて感受性を伸ばしてほしいとスタートした。
日本のものづくりを神格化しすぎるな
「きみたつ」の製品を手に取ると、細部にまで神経が行き届き、日本人ならではのものづくりへの愛情を感じる。しかし松崎氏は「日本のものづくりは神格化されすぎている」と喝破する。
「工業製品は、どの国でも機械でつくっています。そこに日本であることのアドバンテージはありません。同レベルの製品は、どこでもつくることができるからです」
日本製だから高レベル、ということはない。ではなぜ、日本製品は世界から高評価されているのだろうか。
「それぞれの工程で製品の状態を細かく見て、手間をかけるかどうかです。マニュアルに書かれていない面倒な作業をやってしまう。それが日本製品の特徴といえます。」
つくりっぱなしにはせず、それぞれの段階で職人が手触りや微妙な歪み、隙間を調整すること。そのこだわりが、製品のアイデンティティを左右する。「きみたつ」製品を触り、使って遊んだときに感じる細やかさは、そこから生まれているのだ。松崎のつくり手にとっては、当たり前のことなのだろうが。
「きみたつカー」で日本全国を回りたい
「DESIGN TOKYO」に出店した際、海外からの来場者にも「きみたつ」は注目された。日本製であることは、ブランド化している。海外展開してもじゅうぶん販売は見込めるのではないか──筆者のそんな考えは浅薄だった。
「海外からの引き合いもありましたが、今のところ海外展開は考えていません。その国ごとにブランド調査が必要ですし、玩具に関する法律などもまちまちなので、アレンジが必要です。」
ブランディングのプロとしての経歴が、その判断に活きる。海外展開するための労力は、思った以上に大きかったのだ。そこを考えずに海外へ打って出て、コストが見合わず撤退するケースを松崎氏はつぶさに見てきた。
「日本で広めたいです。ただ、大ヒット商品を出そうとは考えていません。ヒットしたり流行したりした商品は、あくまでも一過性。浮き足立たず、地道に続けていける商品ラインアップが大切です」
そのための方策として、製品を積み込んだワゴン車「きみたつカー」をつくって全国を回るのが夢という。
「タッチポイントはやはり商品そのものですから、実際に触ってほしいんです。百貨店などの売り場と併行して、全国で触れ合える機会を草の根的に提供していきたいです」
ワゴン車に「きみたつ」を積んで全国を回り、子どもたちに触れて遊んでもらう。保護者など大人に向けて、神戸のコーヒーを味わってもらう。兵庫と神戸の相乗効果だ。
木工をハブにして、木育とビジネスとブランディングが回りはじめる。「木の上に立って見守っている」ことが、まったく新しい価値を創造しようとしているのだ。
株式会社松崎
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