いらっしゃいませ。
ようこそBook Bar 坂ノ途中へ。
ここは、編集者RとKのふたりが営むバー。今夜は食べ物飲み物がテーマの本に目がないRが店番です。

まだまだ寒い日が続く2月は、若干商業主義に踊らされている感がなきにしもあらずですが、あの茶色の甘いスイーツに多くの人が翻弄される……もとい心温められる月ですね。こんな店を開いているぐらいなので、茶色のものならスイーツというよりお酒の方がうれしい私ですが、先日懐かしいお菓子を見つけました。

それはチョコレートボンボン。子どもの頃はもっといろいろなところで見かけたように思いますが、最近は探さないとないですよね。当時はまだお酒の飲めない年頃だったから、ことさらに魅力的に映ったものでした。甘いチョコレートに包まれた甘苦い禁断の雫。価格からすれば、今や果てしなく高騰する高級ウイスキーを使っているはずはないのに、一粒手に取りたいと思わせるものがあります。

 思えば登和子さんからは、服装だけじゃなく、かなり色々な面で影響を受けた。
 ポットで紅茶を淹れて飲む習慣も、登和子さんに淹れてもらったのがきっかけだし、大好きなチョコレートボンボンだって、初めて食べたのは登和子さんにお土産でもらったものだ。
(中略)甘くて不思議な香りのとろりとしたクリームはおいしくて、大人になったら好きなだけ食べられるんだ、と思うとその日が待ち遠しかった。けれど登和子さんは、大人なのに、いつもボンボンは一つしか食べなかった。
 一つだけを大事そうに味わって食べていた。

(『ほろよい読書』(双葉社)所収 織守きょうや著「ショコラと秘密は彼女に香る」より)

これは、5人の著者が「お酒」にまつわる人間ドラマを描いたアンソロジーの中の1編。登和子さんとは60代のシングル女性。主人公である姪が、あまり多くを語らない伯母の様子に憧れを抱き、若い頃にあったらしい恋の秘密を探ろうとしたら……という内容なのですが、少々意外な結末で短編ながら余韻の深い作品です。実は、この作品の著者・織守きょうやさんは初めて読む作家でしたが、チョコレートボンボンつながりで読んでみたら、なかなか面白い出会いになりました。

「俺はただ、ご飯を食べながら、だらだら酒を飲みたいだけなんだよ。つまみとかおかずとご飯を口に入れてそれを酒で流し込んだり……」
 別にかまわないわよ、と言おうとしたのに、その前に健太郎が重ねた。
「ほらね、やっぱりね、お前は下品、そういう育ちだから、みたいな顔をする」
「勝手に決めないでよ……」
 でも、本当は心の中でそう思っていた。おかずとご飯を口に入れて、それを酒で流し込む? 考えるだけでゾッとする。
「もう、うんざり。一緒に暮らしている相手にさげすまれながら生きるのは」
 そう言って、健太郎は出て行った。彼の方だけ書き込まれた離婚届を置いて。

(『ほろよい読書』(双葉社)所収 原田ひ香著「定食屋『雑』」より)

こちらも同じ『ほろよい読書』の1編ですが、この会話のやりとりだけで、夫婦の間には酒に対する決定的な考え方の違いがあることがわかる、なかなかヒリヒリとするシーンです。離婚を言い出された妻は、このあと家で飲むことを許されない夫が、酒を飲むために出入りしていたらしい定食屋に行き、風変わりな店主に出会うのですが…。これも『三人屋』や『ランチ酒』など食にまつわる著書も多い著者ならではの興味深い作品でした。

『ほろよい読書』はこの「定食屋『雑』」のように登場人物がみんなお酒好きというわけではなく、お酒のさまざまな側面が切り取られています。もちろん酒に限ったことではありませんが、「酒」というテーマだけでいろいろなシーンが描けるものですね。未読の作家の意外な作品との出会いも、アンソロジーの良さでしょう。どうです? ウイスキーボンボン、食べたくなったんじゃないですか? 先日買ったものをお裾分けいたします。今夜もどうぞごゆっくり。

【今回紹介した本】
織守きょうや、坂井希久子、額賀澪、原田ひ香、柚木麻子 著『ほろよい読書』
(双葉文庫 2021年刊)

5人の著者が「酒」にまつわるさまざまなシーンを切り取ったアンソロジー。果実酒作りにはまる四十路のキャリアウーマン、実家の酒蔵を継ぐかどうかで悩む一人娘、保育園の保護者のオンライン飲み会に呼ばれるバーテンダーなど、1杯の酒を飲んだような心地よいほろよい気分を味わえる1冊。

文:R