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ようこそBook Bar 坂ノ途中へ。
ここは、編集者RとKのふたりが営むバー。本日は最近、深夜のテレビ鑑賞にはまっているKが店番です。

コロナ禍で家にいる時間が増えて、以前よりテレビを見る時間が増えました。お客様はいかがですか? 最近はコロナ関連の番組も多く、気が滅入るのでテレビを見ないという方も多いようですね。私もそうだったんですが、金曜日の深夜、ナイトキャップを片手に見るのにちょうどいい大人のドラマを見つけたんです。ご存じですか?「生きるとか死ぬとか父親とか」というドラマを。
コラムニストでありラジオパーソナリティーでもあるジェーン・スーさんという方の同名エッセイが原作の、1回約40分の連続ドラマなんですよ。作者の名前が外国人のようですが、これはペンネームで彼女はれっきとした日本人。彼女が父親について綴ったエッセイを映像化したもので、本人の役を吉田羊さん、お父さんを國村隼さんが演じています。

母親亡き後の娘と父親の微妙な距離感、面倒な存在だけれど同時に愛おしい父への複雑な思いが微笑ましく、ときにほろ苦く、共感できるとなかなか好評だそうです。

このドラマを見ていて、ふと気づいたことがあります。それは昔から娘が父について書くケースが多いということです。たとえば、古くは森鴎外を父に持つ森茉莉さん。「わたしの最初の恋人は鴎外である」と公言していた彼女は、生涯を通して父親に関するエッセイをたくさん書いています。それを後に集めたアンソロジーが『父と私 恋愛のようなもの』(ちくま文庫)。この本からは父親への揺るがない思いが伝わってきます。

それからテレビでもおなじみの阿川佐和子さん。お父様は作家の阿川弘之さんですが、佐和子さんは追悼エッセイ『強父論』(文春文庫)で、「お父ちゃんがいかに無茶苦茶な人であったか。周囲がどれほどひどい目に遭わされたか。思い出すかぎり、精魂込めて書いてみることにいたします」と綴っています。一見、暴君だった父を批判しているようで、「精魂込めて」とおっしゃるあたり、父親への思いが伝わってきますよね。

作家・檀一雄さんを父に持つ女優の檀ふみさんは『父の縁側、私の書斎』(新潮文庫)という家にまつわるエッセイ集を出していますが、家のことと言いながら、そのあちらこちらにお父様の気配を感じます。

その他にもどくとるマンボウの名で知られる北杜夫さんの一人娘の斎藤由香さん、作家井上光晴さんの娘さんで作家の井上荒野さんなどなど。本当にたくさんの女性が父親に関する文章を綴り、それがまた人気となっているんです。しかもどのお父さんも個性的な方ばかり。阿川弘之さんは生前、娘の佐和子さんにこんなことを言ったそうです。

「いったい誰のおかげでぬくぬく生活ができると思ってるんだ。誰のおかげでうまいメシが食えると思ってる。養われているかぎり子供に人権はないと思え。文句があるなら出ていけ。のたれ死のうが女郎屋に行こうが、俺の知ったこっちゃない」

『強父論』(文春文庫)より

ずいぶん酷いことを、と思いますし、佐和子さんも言われた時はあまりにも理不尽だと憤慨したと言います。それでも、このエピソードの行間には父・弘之さんへの愛情が溢れているんですよね。他人から言われたら絶縁となるような暴言ですが、娘と父だからこそなんですかね。その他、檀一雄さんも、井上光晴さんも、妻子ある身でありながら、別の女性のもとへ行ってしまうわけですから、ある意味ひどい父親なんですが、みんな最後は父を許している。不思議というか、変態というか……。

そして最近出版されたばかりなのが、安西カオリさんの『ブルーインク・ストーリー 父・安西水丸のこと』。タイトルの通り、2014年に急逝したイラストレーターの安西水丸さんの娘さんが、お父様との思い出を綴ったエッセイなんですが、これも実にいい。日常の何気ない会話や風景が、後になってかけがえのない時間だったと気づくことってありますよね。このエッセイは安西水丸さんとの思い出を振り返りながら、そんな平穏な日常の大切さを気づかせてくれる1冊です。

コロナ禍で、なかなか会いたい人に会うことができませんが、もしもご両親が健在なら、たまにはゆっくり話してみてはいかがですか? 離れて暮らしているなら電話で「元気?」と聞くだけでいいと思います。たった一言の会話が、あとになってかけがえのない思い出になることもあります。安西カオリさんは「片口のなかのお酒は、山道によくあるような石の窪みに溜まった澄んだ雨水に似ていないか」と水丸さんに聞かれたことがあるそうです。その時は、何気ない会話だったかもしれませんが、きっとカオリさんは片口でお酒を飲むたびに、この会話を思い出すでしょうね。今宵は安西水丸さんを偲んで、片口で日本酒を飲んでみましょうか。

【今回紹介した本】
安西カオリ『ブルーインク・ストーリー 父・安西水丸のこと』(新潮社)

2014年、執筆中に倒れ、そのまま帰らぬ人となった安西水丸氏。カレー、日本酒、フォークアートなど急逝した父の好きだったもの、思い出の場所を振り返りながら娘が綴った心温まるエッセイ。作中には、青インクの万年筆による水丸氏のイラストが添えられている。

文:K