BB坂ノ途中 変態読書のススメ

第18回 アルコールが飲めない夜に

いらっしゃいませ。
ようこそBook Bar 坂ノ途中へ。
ここは、編集者RとKのふたりが営むバー。今夜は緊急事態宣言の影響で、ひとり家飲みの機会が増えているKが店番です。

せっかくのGWですが東京は緊急事態宣言のせいで外出もままなりませんね。ただ、コロナの影響でよかったこともあります。たとえば、オンラインで実施される講演会やセミナーなどが増えたこと。以前は開催場所が遠かったり、人気で予約が取れなかったりしたイベントが、オンライン開催され気軽に参加できるようになったのは、ありがたいことです。

そういえば講演会と聞くと思い出す、とても印象深い体験があります。2015年に亡くなった西江雅之氏が、あるカフェの2階で、とても小さな講演会を開いたことがあって、私はそれに参加する機会を得たんです。西江氏は23歳のときに日本で初めてスワヒリ語文法を発表した、日本を代表する言語学者であり、文化人類学者でした。

その講演会は「食」に関するお話が中心で、西江氏は集まった人たちに「食べ物」と「食べられる物」の違いは? という質問をされました。その答えが西江氏の著書『「食」の課外授業』という新書に書いてあるんですが、それがとても興味深いのです。

食べられる物:人間が食べても生命に支障がない物
食べ物:個々の社会で食べる物として認めている物

わかりやすい例のひとつとして西江氏は「豚肉」をあげています。豚肉は私たち日本人にとって一般的な「食べ物」ですが、豚肉を食べることが宗教的なタブーになっているイスラム教徒にとっては食べ物ではないということ。また西江氏は、以下のような極端な例を著書に書いています。

単に生理学的な論理で話すならば、人口が増えて地球が食糧危機になるということはありません。身の回りの草木、犬猫が「食べられる物」であるどころか、人間そのものも立派な「食べられる物」の一種だからです。そう考えれば、満員電車は食糧庫のようなものだと言えます。

(『「食」の課外授業』/平凡社新書より)

どうです? とっても怖いですが興味深い話ですよね? 西江氏は同じ話を私が参加した講演会でもされました。以前、私は「食」を専門とするライターをしていたんですが、その話を聞くまで、「食べ物」とは何かなんて、そんな基本的なことを考えたこともありませんでした。それまでの私は、世界中には自分が知らない文化を持った国がたくさんあることは知識として知っていましたが、自分が当たり前のように食べている物が、他の世界では食べ物ではないこともある、という単純なことにさえ気づいていなかったことにショックを受けたんです。

『「食」の課外授業』には、そうした「食」に関する新たな発見がたくさんちりばめられていますから、食に興味があるのでしたら是非読んでみてください。そうそう、西江さんは『「食」の課外授業』の冒頭でこんなことを書いています。

喉が渇いてもいないのに液体を口にする、といったことがあります。こんなことは人間以外の動物はしないことです。人は渇きを癒すためとは関係なく、ビールを飲みに行ったりします。それは人間であることの証明だとも言える行いなのです。

(『「食」の課外授業』/平凡社新書より)

今回の東京都の緊急事態宣言では、飲食店でのアルコールの提供を自粛するよう要請していますから、本日はアルコールをご提供できないのですが、せっかくご来店いただいたので、去年仕込んだ梅酢のソーダ割りなど読書のお供にいかがですか? 飲食店でアルコールが飲める、人間らしい暮らしができる日が早く戻って来ることを祈りながら、梅酢ソーダで乾杯しましょう。

【今回紹介した本】
『「食」の課外授業』平凡社新書/西江雅之

常識や既成概念にとらわれない子どものような純粋で視点で、自身が旅した世界中のさまざまな国や地域の言語と、その裏側に広がる文化を紹介してきた西江雅之氏。本書では、人間にとって「食べる」とは何か、食べる上でのさまざまなタブーとはどのようなものか? 私たちが日々当たり前のように行っている「食べる」「飲む」といった行為を、文化人類学的視点から見た、驚きに満ちた一冊。

文:K