いらっしゃいませ。
ようこそBook Bar 坂ノ途中へ。
ここは、編集者RとKのふたりが営むバー。本日は本と同じぐらい酒をこよなく愛するRが店番です。
お客様のほとんどは、ここの扉を開けるとまず本の多さに驚かれます。
職業柄、部屋にも仕事場にも本が多いのは仕方ないとして、ちょっと妙な癖があるものですから、ますます本が増えてしまうというわけで。
よく大好きなアイドルの写真集など、1冊は自分用、もう1冊を保存用、そしてさらに1冊を友人に貸し出す用……なんて複数冊買う人がいるとかいないとか言いますよね。私の場合、大好きな作家の本は同じ作品を単行本と文庫本、2冊買うことが多いんです。
ファンですから新刊が出れば、文庫になるまでなんて待てない。単行本発売時に買って即読みです。その後、2、3年たてばたいていは文庫化されるので、また購入。外出時や旅先で読みたいというとき、単行本は重くて持ち歩きがつらいからでもありますが、本当の楽しみは巻末の“解説”なんです。
その作品や作家に縁のある人、時には読書好きの有名人などが解説を書いています。単行本にはないこの解説が何とも興味深く楽しくて。時には作家の普段の何気ない一面が垣間見られることもあったりするのがファンとしてはとてもうれしい。
たとえばこの本は1998年に亡くなった作家・須賀敦子さんの4作目のエッセイ『トリエステの坂道』です。1990年、遅咲きの作家としてデビュー後、その活動は98年までのわずか8年間。その間に、多くの人に大きな影響を与えた作家で、最近もその足跡をたどる評伝が出たばかり。没後20年以上たっても色あせず、読者をひきつけてやまないことに驚かされます。
あ、もちろん、最初は単行本を買い、次に残念ながら未完となってしまった初めての小説作品も収録された文庫本を買い、全集まで揃えてしまいました。この本ではなかったのですが、ある文庫の解説に、須賀さんが晩年、毎日新聞の書評委員を務めていたとき、会議の後によく一緒に毎日新聞社の社屋裏口にある屋台で飲んだなんてことが書かれていました。
毎日新聞社は、私もちょっとつながりがあって出入りしていたことがあるんです。それはたぶん、須賀さんが通っていらっしゃった頃と重なっていて。運がよければ、あの屋台でご一緒するなんてこともあったのかなと思うと、あの頃に戻って待ち伏せしたい…というのは半分冗談ですが。
あ、すみません、話し過ぎました。今夜は何を差し上げましょうか? ちなみに、その屋台で私は人生で初めて缶チューハイを飲みました。今のようにバラエティに富んでなくて、あの頃はレモン一択でしたけどね。当店では、さすがに缶チューハイはお出ししませんが、ちょっとレアな芋焼酎をソーダ割りにすることはできますよ。これがなかなかいけるんです。どうぞ今夜もごゆっくり。
【今回紹介した本】
須賀敦子『トリエステの坂道』(新潮文庫 1998年刊)
『須賀敦子全集 第2巻』(河出書房 2000年刊)
イタリアの辺境の都市・トリエステ。著者が亡き夫ペッピーノや、その家族との思い出を慈愛に満ちた眼差しで辿るエッセイ集。
読んでいると、まるで自分もそこにいて、共に泣いたり笑ったりしているような気持ちにさせられる1冊。
文:R