「じゃあね」
僕らはいつも鐙坂(あぶみざか)の入り口で別れた
君の住む家はこの坂の上
僕の住む家はこの坂の左
ちらちらと雪が舞う夜
こんな夜が君は好きだった
いつものコケむした石垣が
銀の砂をふりかけたように
キラキラしてみえるからと
僕はいつもこの坂をのぼる君の背中を見送った
君はいつも何度も振り返っては僕に手を振った
そしていくつもの「じゃあね」を
繰り返しただろう
最後の日も僕らはこの坂の入り口で別れた
別れた理由は極々ありふれたものだった
それでも僕らにはしごく重い理由だった
もう二人で一緒にのぼれない
そう思った
一度もこの坂を
一緒にのぼったことなんてなかったのに
僕はいつも通り
この坂をのぼる君の背中を見送った
そして君は
一度も振り返ることはなかった
ちらちらと雪が舞う夜
僕たちの思い出が
ひとひらひとひら積もることなく消えてゆく
つまるところ東京の雪と同じ
僕たちの想いも
そうやすやすと積もることはなかったんだ
僕らはいつも鐙坂の入り口で別れた
僕の住む家はまだこの坂の左にある
今夜もコケむした石垣が
キラキラしてみえる
こんな夜が僕も好きだった