大きくひとつため息をつく。会話がない。
兄と二人で出かけるなんて何年ぶりのことだろう。
小さい頃はよく一緒にいた。
むしろ私がひっついていた。
いつからだろう、この距離感。
別に嫌いなわけではない。
ただ会話の糸口がみつからない。

 

  両親は元日早朝、夫婦水入らずの初詣を済ませた。
  私の受験勉強の邪魔をしないという余計なお世話。
  「お兄ちゃんと行ってくれば?」
  無責任な母の一言。
  「・・・行くか」
  兄、なぜ断らない!

 

 

天神様へは歩いて10分足らず。
兄との道中は1時間にも感じた。

そのまま会話もなく参拝の列に並ぶ。
境内の賑わいがウソみたい。
まるでお通夜の列に並んでいる気分。

どうか、第一志望に合格させてください!
切なる願掛けをする私の横で、
兄は、ただ黙って頭を下げた。
この人は一体なにを祈っているんだろう。

「・・・ちょっと待っててくれ」
参拝が終わると、兄は授与所に向かった。
彼女にお守りを買ってあげるのだろうか。

一人残された私は、周りを見渡す。
お守りを買った人、屋台に駆け寄る子供たち。
いいな、みんな楽しそう。

ほどなく戻ってきた兄は、
「・・・ほら」と私に小さな袋を差し出した。
開けてみると、中には赤い小さなランドセル。
「なにこれ?」
こういうのが売っているのは聞いたことがある。
でも間違いなく小学生向け、子どものお守りだ。
頭の中に疑問符が並ぶ私を見たまま、兄は一言。
「・・・がんばれよ」
「えっ・・ありがとう。
いやそうじゃなくて、数あるお守りの中でなぜこれ?
私が受験するのは大学!小学生じゃない!それに・・」
「・・・帰るか」
「えっ、あっ、ちょっと待って!」

 

  赤いランドセルを背負っていた頃も
  私はおしゃべりだったと母は言った。
  黒いランドセルを背負っていた頃も
  兄はぶっきら棒だったと母は言った。

 

 

  小さい頃はよく一緒にいた。
  むしろ私がひっついていた。
  兄はあの頃、私のおしゃべりを
  どんな気持ちで聞いていたのだろう。

 

天神様からは歩いて10分足らず。
道中、私は兄に思いつくままのツッコミを入れた。
兄はただ、あの頃と同じように黙って聞いていた。
私の手の中で、ランドセルの鈴の音が響いていた。

 

 

文:けいたろう