お風呂場に窓はあるべきか。

私は、お風呂がとにかく好きだ。文字どおり三度のメシより何とやらというほど。ひとたび湯船に浸かれば一日の疲れがとれるので、毎日どころか休みの日ともなれば何度も入る。

そんな私にとって、お風呂に欠かせないものは「窓」である。開け放つと陽の光や葉のゆらぎや風を感じ、季節の移り変わりを肌で感じることができるからだ。施工事例を見ても大きな窓のある家は多い。そのために、風呂場自体の配置やブラインドの設置、常緑樹を窓近くに植えるなどの対策もされている。一昨年に新築した自宅では、まだ窓越しの樹木の枝振りが小さく、代わりに角度を変えたブラインドの隙間から風を通し景色を味わっている。

さらに風呂場の窓には、もうひとつの役割がある。浴室を使っていないときにも、外の景色を取り込むためだ。使用時の視線や防犯面などから窓を嫌う人も多く、窓があっても磨りガラスが選ばれがちだ。でも考えてみてほしい。1日のうち浴室を使用している時間がどのくらいだろうか。どんなに長くても2時間以内だろう。明らかに使われていない時間の方が多いのだ。防犯面ばかりに捉われて、身体を温め、洗い流す場所という役割だけで終わるのか、気持ちの良い空間として家の中に存在させるのか。これは大きな違いである。緑を介して陽が差し込む風呂場は、機能としてだけでなく快適な空間として存在する。隣接した洗面室にも自然光が差し込み良い効果をもたらす。窓のあり方は、捉え方なのだと私は思う。

昨年末、私は不覚にも長く体調を崩してしまった。家に居る時間が増えたことで、「家は、誰のために何のためにあるのか」そんなことを考えてみた。そして体調の悪い時ほど、家の役割を正確に感じることができるのだと気づく。日々の暮らしというのは、楽しいことばかりではなく、時にこうして体調を崩すこともある。または今のストレス社会で、気持ちが張り詰めることも多いだろう。だからこそ家の正しい役割は重要なのだ。

家というのは、建築家の作りやすさでもなければ、インスタ映えが優先でもない。家はどんな時でも家族にとって最良の癒しの場であるべきなのだ。たとえば、そそくさと立ち去りたくなるような寒暗いサニタリースペースもインテリアで飾り立てるだけでなく、明るく風通しが良くなると、もっと気持ちの良い空間になるのだから。

風呂場の窓から流れてくる外気を感じながら外を眺めてゆっくりと湯に浸かっていると、体の力は緩むのに五感は冴えてくる。生暖かな夏の夜風から秋風の変化や、鈴虫の声。小鳥たちの会話。隣の庭から香り立つキンモクセイの香り。冬の澄んだ夜の匂いや、雪が「シンシン」と鳴って降る音。いろんなことを温かい湯船の中で味わい想像するのだ。まさに、バスタイムは次なるエネルギーをもたらしてくれる安らぎのひとときなのである。露天風呂好きの方にはわかっていただけると思うが、それを日々の暮らしに取り込めたら、どんなに素晴らしいか想像してみてほしい。


白鳥ゆりこ(しらとりゆりこ) 技拓株式会社 代表取締役
「家づくりは環境の創造であること」を理念に、経年を趣きにする家づくりを45年間続けてきました。本当の豊かな暮らしとは何か、ライフスタイルを通して提案しています。
https://www.gitaku.co.jp/