1年前、突然土地を購入した。頭の中でラッキーの神様がつぶやいたからだ。大きな買い物は案外、直感と勢いが重要である。窪地のため、周辺の土地よりも少し安いものの、日照時間に多少難があることは承知だった。そのぶん土地は広く、造りこんだ時のイメージがさっと頭の中に描かれた。

この土地で、小さな平屋暮らしが始まった。いまや贅沢品のように扱われる平屋。子供の頃は、まだまだ古い平屋が残っていた気もするが、土地も徐々に小さくなり、間数のためには総二階にする必要がでてきた。それが今の住宅事情であろう。

ところが、50歳前後になり「どんな家に住みたいか?」と周りの人たちに聞いてみると、平屋がほしいと口を揃えて言う。

私には原点となる家がある。それは、幼馴染みが幼少の頃に住んでいたL字型の白い小さな平屋の家。近所のどの家よりも洗練され、芝生の中庭を取り囲むように高木が並び、どの部屋の窓からも庭の緑が見え、風が抜け開放感があった。白い漆喰の壁に、窓が額縁のように緑を切り取り、そのコントラストが深く脳裏に刻まれた。

平屋暮らしの中で感じた居心地の良さとは、建物の大きさよりも土地の余白感と土との距離感なのかもしれない。高い位置から視界に入るパノラマや海や街が眼下に広がる景色はさぞや憧れることだろう。しかしながら、大切なのは限られた視界に入る安心とゆとりのバランス。近隣の目線をうまく交わす工夫において、空間に余白をつくる庭の存在は大きいのだ。

土地を買うとなったら、まず、何を条件にするか。日当たりと価格は最優先の条件だが、大半の人が次に求める条件が利便性だ。
もちろん日々の中で、不便を不快と感じることをこれから何千回も行う行為は、心労ではある。だからこそ、不便さと引き換えにして、土地の広さや環境の良さを手に入れてほしいとは思わない。しかし、利便性がすべてではないということも、確かなのだ。日々の暮らしの中で得られる自然からの恩恵は、何ものにも代えがたい。毎朝、キッチンに立ち庭に差し込む朝日と植物を見るたびに、平屋を建てて本当によかったと思う。ソファーに座って庭を眺めれば、小鳥のさえずりに心和む。昔、祖母が庭を見ながら春にどんな花を植えようかと話していたことを、ふと思い出す。季節を、庭を通して体感していく。自分も、家も、そして庭も近くに感じることで、ゆっくりと自然と共存しながら成長する。これこそが、どんな贅沢品よりも、高級レストランの味にも劣らない大切な「時間」という贅沢だと知ることになる。

人が自然との距離を近づけることは、とても大切なこと。人は自然を求めることで、自分が動物であることを認識できる。それは自然と共存していることを意識するにことに繋がる。
あたりまえのことを忘れがちな現代を、平屋暮らしを通して伝えていきたい。


白鳥ゆりこ(しらとりゆりこ) 技拓株式会社 代表取締役
「家づくりは環境の創造であること」を理念に、経年を趣きにする家づくりを45年間続けてきました。本当の豊かな暮らしとは何か、ライフスタイルを通して提案しています。
https://www.gitaku.co.jp/